
MANAIでシーズナルプログラムのメンターも務める脳科学者のアレックス・タンさん。
MANAIにゆかりがある人を紹介する「MANAIピープル」。前回登場していただいたのはサイエンスコミュニケーターであり、立教大学理学部でも教鞭を執る古澤輝由特任准教授。今回は、MANAI(および前身のISSJ)のシーズナルプログラムでメンターを務めている脳科学者のAlex Tang(アレックス・タン)さんに話を伺いました。
現在は、母校のThe University of Western Australia(ウェスタンオーストラリア大学)で教鞭と研究を続けているアレックスさん。研究とほぼ同じウェートで科学のアウトリーチ(科学教育)にも力を入れていて、その活動と研究が認められて今年「The Australian Institute of Policy and Science」(https://aips.net.au/tall-poppy-campaign/)という財団が主催している「Tall Poppy」賞を受賞しました!!
この賞は、研究とアウトリーチ活動を同じ比重で評価する、世界でも珍しい賞の一つで、中高生の科学探求を応援するMANAIとしては、スタッフの一人がアウトリーチ活動でも高く評価されたことを嬉しく思います。
今年の4月、東京大学先端科学技術研究センター(先端研)が「先端教育アウトリーチラボ(AEO)」を開設しましたが、中高生の探求・研究サポートがより幅のある形で広がっていくといいですね。
――アレックスさんは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)に在籍していた時に初めてMANAIの2018年スプリングプログラムに参加しています。どうして関わろうと思ったのでしょうか?
(Alex)ポスドクのアドバイザーであった女性からのメールでMANAI(当時はISSJ)のプログラムのことを知りました。僕にとって常にサイエンス・アウトリーチは大事なことで、博士課程の時は頻繁に行っていた。しかし、沖縄に来てからは機会が全くなかった。アウトリーチ活動ができる貴重な機会だったので、MANAIのプログラムには繰り返し参加しました。
――MANAIとはたまたまOISTで出会ったということですが、なぜ沖縄で研究したいと思ったのでしょうか?
(Alex)以前からポスドクでは海外の大学・研究所で経験を積みたいと考えていました。それではなぜ日本なのかというと、日本を旅行後とてもかっこいい場所(国)だと感じていました。そして一度は生活してみたいと。そのような時にちょうどOISTから求人が出ていて面接に行きました。(日本の)南国であること、ゆったりとしていること、そしてOISTの施設がとても素晴らしかった。100%研究費が支援されていて、研究だけを行える場所はほかには知りません。科学者としては夢のような環境です。それまでOISTのことは知らなかったのですが、調べてみると評判もよく、Natureの評価で世界のトップ10に入っていました。
――なぜ研究だけではなく、科学教育にも力を入れているのでしょうか。
(Alex)理由は二つあります。一つ目は、自分が科学を好きで、科学者であることを誇りに思っているから。行ってきたアウトリーチの多くは高校生が対象だが、自分がその年齢だったころを思い出すと、科学には興味を持っていたが、実際の科学者に触れる機会や最先端の研究について知る機会はなかった。
私たち科学者の研究はクールな(面白い)ものが多い。でもオーストラリアでは、自分が実際に科学者になるまではそれらの研究について知るチャンスがない。機会の損失が生じている。(自分の)授業を受けた子どもたちが全員科学者になるとは思っていないが、それでも彼らが(科学の楽しさを)知ることはいいこと。世の中で何が起こっているのか、科学者がどのような研究をしているのか、ただ面白いと感じるだけであっても、子どもたちが早い段階で科学に触れることは必要。
二つ目の理由は、地域社会への啓蒙。通常はノーベル賞(のニュース)や、知り合いが病気にならないと科学者・研究者のことを知る機会はない。でも、多くの面白い研究が行われていて、研究の多くは税金で賄われている。研究のために税金を収めているのだから、その研究がどのようなものであるかを人々は知る必要がある。
数年前に上司が「世の中にはさまざまな問題が存在する。そして、科学はその多くを解決することができる」と言ってた。だからこそ、社会全体がもっと科学者の仕事について知る必要があるし、重要性が分かれば科学者になりたいという人が増えると思う。
――アレックスさんが科学者になろうと思ったのは何かきっかけがあるのでしょうか。
(Alex)高校生の時は物理と微積分が好きで、エンジニアになるのが夢でした。宇宙・物理・電磁波などが実際にどうなっているのか興味を持っていました。
科学者になろうと決意したのは大学4年生の時です。3年生の時に研究補助の仕事をしていた研究室が脊髄を損傷した人々を対象にしていました。脊髄損傷はその人の人生を大きく変えてしまいます。生きる意味を失っている若い子がいる一方で、車いすバスケでオリンピックに出場している生き生きとした40代がいる。
身体への影響は大きいが、脊髄を損傷しても少しずつ前進する患者がいます。凄い!と感じ、なぜ彼らにそのようなことが可能なのかをもっと知りたいと思いました。そこから脳刺激療法、適応などに関心を抱くようになりました。
――アレックスさんが所属しているUWA(the University of Western Australia)自体が科学教育を重視しているのでしょうか。
(Alex)僕は研究チームと多くのアウトリーチ活動を行っているが、大学が主催するイベント・企画を除けば、授業をする学校・場所は自分たちで探して実施しています。
――アウトリーチ授業ではどのようなことを教えていますか?
(Alex)(専門である)脳科学、実際に私たちはどうやって物を見ることができるのか、犬の嗅覚について、など科学全般を教えています。研究のひらめきについて話してほしいと頼まれることも。科学者になるためにどのような努力をしたかなど。大学に進学するということ、科学者になること、科学者になるにはどのようなことが必要か、などについても話をします。キャリアアドバイスをすることも。もちろん研究の話もします。
――オーストラリアでは科学教育はよく行われているものなのでしょうか。
(Alex)どこででも行われているものではありません。自分たちの授業先は、自分たちで探さないといけないことが多いです。一番やりやすいのは出身校。
――アレックスさんから見たMANAIのシーズナルプログラムの特徴を教えてください。
(Alex)MANAIの活動はとてもユニーク。アウトリーチの活動にはいろいろと参加したことがあるが、MANAIのように集中的、数日間開催するプログラムは知らない。そして、いつも子どもたちには感心する。通常のアウトリーチでは、生徒が100人いたとして、本当に科学に興味を持っている子は数人。でもMANAIでは全員が科学好き。みんな頭が良く、みんな学ぶことに熱心。私たちが科学者として何をしているかを知りたがっている。どんな課題を与えても一生懸命取り組む。
また、MANAIのプログラムはとても専門化されている。スタッフ全員が子どもたちの最善のために努力する。これはとてもスペシャルなこと。プログラムが成功するゆえんは、関わっている全員が結果や内容を重視しているから。異なるバックグラウンドを持つメンターやスタッフたちがそれぞれの強みを子どもたちに教えることができる。それが総合的にとてもユニークなプログラムに仕上がっている。
――高校生にMANAIのプログラムを勧めるとしたらどんな点を勧めますか?
(Alex)MANAIで経験できる内容は、これまでに経験したことがないものだし、これからも経験することはないだろう。すべての内容が充実していて、そして多岐にわたる。私たち科学者がどのようなことをしているかを疑似体験することができる。多くのことを学びたい子には最高のプログラム。生物学について何も知らなかった子が、一週間後には大学レベルの発表を行う。このような経験はほかではできない。

Tall Poppyの授賞式で仲間と写真に納まるアレックスさん。
――Tall Poppy賞の受賞おめでとうございます!受賞理由でMANAIでの活動を強調していましたが、そのように感じているのはなぜでしょうか。
(Alex)高校で授業をやったことがあるということは(賞を狙っている)全員が言えること。でも国際的にもアウトリーチを行っているのは僕一人で、そのことを強調できた。何度もMANAIの活動に参加していること自体、僕の熱心さが伝わる。本気で取り組んでいるということが。また、当時の生徒たちとは今でも、大学出願などにあたって相談に乗ってあげている。現在も関係が続いていることはアピール材料になる。
――コロナ禍は科学研究、もしくは研究を取り巻く環境にどのような影響を与えていますか。
(Alex)オーストラリアの大学は留学生比率がとても高い。従って国境が閉鎖されてから、多くの大学が収入源を失った。メルボルン大学などは年間1,500万ドル(ぐらいの収入減)。これでは職員の雇用を維持することができない。大学セクターでは、約20万人が職を失ったといわれている。現在、オーストラリアにおける研究と科学はとても危ない状況にある。
――アレックスさんの研究について教えてください。
(Alex)世界的に平均寿命は延びています。それ自体はいいことだが、歳とともに脳の異常は増える。だから歳をとっても、限界を超えずに病気にならないことが大事。アルツハイマー、認知症など。そのためには脳がストレスに適用できることが重要。若い時はそれができる。でもその能力は歳とともに低下する。だから若い時の状態を維持できるようにするのがhealthy aging(ヘルシー・エイジング、健康的に歳をとること)。Healthy brain agingは認知症などを予防すること。そして、新しいスキルを習得することなどもできるようにすること。若い時は短期間で(物事を)習得できる。歳をとってもその能力を維持したい。やりたいことを全部できるように脳の能力を維持することが脳のヘルシー・エイジング。
ヘルシー・エイジングの話をする時は、病気のリスクが高まる50代後半~60代の人を対象にすることが多いが、リスクが高まるその前から介入したい。若い脳と歳をとった脳を比較して、若い状態をどのようにしたら維持できるのか。20代で対策を取れば、50代になった時に心配する必要がなくなる。これが目指すところです。予防が可能であれば、治療よりも断然いい。
新しい経験や運動といった環境要因は若い脳には(良い)刺激となることが分かっているが、歳をとった脳でも同じように働くのか。働かないのであればどうしてなのか、についても研究を深めたいです。
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Alex Tang
PhD in neuroscience at the University of Western Australia (passed with distinction). For his thesis, he investigated how non-invasive brain stimulation affects the brain and completed research stays at Boston Children’s Hospital and the Wicking Dementia Research and Education Centre. Investigated how cells in the brain process and output information as electrical signals at the Okinawa Institute of Science and Technology(OIST) for post-doctoral training. Currently he is investigating how the cells in our brain adapt as we get older or after injury. He has received 17 research awards/prizes which includes a 2021 Tall Poppy Award for his research and science outreach.
アレックスさん、ありがとうございました!