【People】大阪大学大学院 生命機能研究科 細胞内膜動態研究室・医学系研究科 遺伝学教室の吉森保栄誉教授(後編)

吉森先生が編集委員を務める科学雑誌『Journal of Cell Science』の126巻21号(2013年11月)の表紙。
MANAIにゆかりのある人を紹介する「MANAI ピープル」。前編に引き続き大阪大学大学院の吉森保栄誉教授をご紹介します。
“細胞は不思議で面白い”
――博士課程では研究は楽しかったのでしょうか?(前編では、理学部に入学したものの、希望であった「動物行動学」の研究室がなかったことや、大学4年時に就職を試みたが、理学部生物学科は就職口がなく、とりあえず大学院へ進んだことなどを紹介しています。)
(吉森先生)楽しかったですね。本格的な研究をして、世界の誰もまだ知らないことを見つける、ということに魅了されました。それと、ヒトやマウスの培養細胞を扱うようになり、細胞って不思議で面白いと思ったのも大きいかった。
“一つのことをやっている感じがしない”
――先生はご自身のことを飽きっぽいとおっしゃいます。また、研究を続けてこられたのは“たまたま”とも形容していますが、逆に続けてくることができた秘訣はなんでしょうか?
(吉森先生)飽きっぽいし、趣味もどんどん変わるし、引っ越しも何度もしている。同じ所にずっと住んでいるのが嫌。自分でも不思議だから自問自答するが、なぜ研究を続けてこられたかはよく分からない。でも飽きないぐらい生命の謎は奥深い。何かを見つけても終わりだと思えない。生命科学だけではないと思うが、学問は何か回答を見つけたら、その100倍謎が出てくる。特に生命は複雑。切りがないが、その切りのなさが楽しい。一つのことをやっているという感じがあまりしない。いつも振り出しに戻っている。
大学院生が研究室に入ってくる時に必ず質問する。モチベーション、何が動機なのかを。ここは医学部だから、病気を治したいという答えが多い。私も病気は治したいが、それはセカンダリー(な理由)。プライマリーではない。第一目標が何かといったら、謎を解きたい。すごくプリミティブな衝動で、それが大事。あとは楽しめるか。病気は簡単には治らないので、楽しめないと持たない。薬を見つけたら何百万人を救えると言うが、(実際に)薬を見つける可能性はすごく少ない。そのことを言うと、くじけて戻る人もいる。それでも続けられる何かがあるとしたら、日々楽しいか。そして、プリミティブな謎を解きたいという好奇心があるかどうか。それがあれば、高邁(こうまい)な目標がなくても続けられる。

昨年の誕生日に研究室の学生たちからプレゼントされたパーカー。

今年のプレゼントは、オリジナルデザインのシューズ。サイドには吉森先生の論文も印刷されています!
――ドイツ留学から帰国後、就職活動をしていた時期が一番辛かったと聞きましたが?
(吉森先生)今となってははっきりとは思い出せないが、「きっと何とかなるさ」と自分に言い聞かせていた。それから、永田先生をはじめ多くの知り合いの先生方がとても心配してくださり、励ましてくださったのが大きな支えになった。人の暖かさが身に沁み、人のネットワークは財産だと思った。大隅先生に拾って貰えたのもそのお陰だったし。

ドイツ留学時代。
――お子さんが二人いる状態での就活や研究はどのように両立されたのでしょうか?
(吉森先生)仕事をダラダラして時間を使ってしまわない、メリハリを付けて仕事もそれ以外も全力でやる、明日やれることは今日やらない、土日はなるべくきっちり休んで仕事は完全に忘れる、といったことかな。
大学院生の時に結婚したが、それまでは夜遅くまで実験していたのに、夕方には家に帰らないといけなくなって研究が遅れるんじゃないかと焦った。しかし、実際には決まった時間内に集中して実験するようになって、かえって研究が捗(はかど)るようになった経験が頭に焼き付いている。
しかし家事については、今でこそ皿洗いくらいはするが、以前はほとんど何もしない昭和なダメ人間。留学中に同僚のフィンランド人が夫婦ともに研究者で、週の半分はどちらかが育児のためラボを休んでいたのは目から鱗だったが、結局その後も自分は10年単身赴任して子育ては妻に任せっきり。単身赴任で料理が趣味にはなったが、家族の一員としてはずっと落第。若い人の反面教師にしかなれない。
“アイスクリームが好きと同列”
――高校生の悩みを聞く機会がある時に、やりたいことが見つからないという子が多い。先生ならどのようにアドバイスしますか?
(吉森先生)自分が何を好きか悩んだことはないし、突き詰めて考えることではないと思う。「研究好きなんですね」と聞かれたら、「好き」と答える。でも、もっとレベルの低い好き。今日アイスクリームが食べたい、好き、と同列。
――心地よいと感じる好きなのですね。
(吉森先生)そうそう。東京オリンピックで十何歳の子がメダルを取っていてすごい。でもその子たちも、小さい時から邁進(まいしん)してきたかというと、そんなことはないと思う。スケボーがそこにあったからやってみた。誰かがやっているのを見て、楽しかった。そういうことでは。研究は特殊に思われるが。
“見る前に跳べ(Leap before you look)”
――これまで進路に悩まれたことはありますか?
(吉森先生)ちょっとはあった(笑)。こんな自分で食べていけるのか、とか。でも、何とかなる、という気持ちの方が先立った。臆病は臆病なんですけどね。でも、高校・大学は無謀・無知で怖いものはなかった。ある程度、それは必要。つい最近もベンチャーを始めた。普通60を超えたらやらない。でも、今まで全然考えなかったからこそ、面白そうに思えた。
僕の座右の銘は、「見る前に跳べ」(Leap before you look)。イギリスの詩人ウィスタン・ヒュー・オーデンの言葉。臆病なので、いろいろと知ってしまうと動けなくなる。今も無謀さは変わらないが、少しは上手になってきている。

研究室のみなさんと。
“さまざまな人のおかげで今の自分がいる”
――今回、高校生インターンを受け入れられた理由は?
(吉森先生)日本は閉塞感が強く、いろいろな意味で科学が委縮している。それを変えるには若い人が入ってこないといけないが、減ってきている。今回インターンで来ている一人は、「めばえ適塾」という小中学生向けのプログラムで僕の話を聞いてくれた子。中学生の時は若すぎたので、高校生になるまで待ってもらった。めばえ適塾や(高校生向けの)「SEEDS」(https://www.seeds.osaka-u.ac.jp/)の子たちを見ていると委縮感はない。真っ直ぐに研究が好きだと言える子たちがたくさんいる。それなのに、どうして今の状況なのか。どこかでその芽がつまれているにちがいないと思ったから、意識してエンカレッジしたいと思っている。
また、もう一人のインターン生はMANAI所属の高校生だが、(上記の理由がなくても)あのメールをもらったら嬉しい。(そのメールについては、吉森先生のnoteをご覧ください。)自分が高校生の時、こんなにまともに書けなかったと思うし、気持ちがよく表れていて素晴らしいと思った。(今回のインターンが)少しでも刺激になれば嬉しい。
研究の世界でもなんでも、結局は人のつながり。僕はいい加減な人間だが、人とのつながりは大事にしたい。僕の場合、研究者としての才能はそんなにない。ここまで来られたのは人のおかげ。大隅先生との出会いとか、いつも恵まれていた。留学先でできたネットワークは今も生きている。京大の山中伸弥さんも言うが、どれだけネットワークを持っているかが力。科学と反するようだが、科学も人が行う。

日本の学会で大隅教授が特別講演をされた時の写真。お二人が着用しているネクタイは、大隅教授のノーベル賞受賞を祝して吉森先生ら門弟の方々が特別注文したもの。大隅教授のご出身である博多織の伝統的な柄でオートファジーを描いているようです。そして、このネクタイをデザインしたのは、デザイナーである吉森先生の息子さんです!
“科学的な思考はすべての人の役に立つ”
――MANAIは、中高生がもっと気軽に研究できるように、部活ではまる、音楽ではまるというのと同じぐらいのカジュアルさで研究できる世界を目指しているが、我々大人ができることは何でしょうか?
(吉森先生)気持ちを持っている子はたくさんいるだろうから、科学センターやMANAIのような場があるといい。できたら大学にも。SEEDSはあるが、もっとシステマティックに、事業化できたらいい。
面白おかしくやってきて、ベンチャーも始めたが、あとやりたいことがあるとしたら、場づくり。子どもたちと一緒にいると、こちらにもいいことがあるし、楽しい。元気をもらえる。場を作ったら、好きにさせたらいい。そして、研究者にならなくてもいい。科学的な思考は研究者だけのものではない。すべての人に役に立つ。そういう考え方ができたら、世界がクリアになるし、視野が広がる。場を提供して、科学的な思考が自然と身に付けばいい。
――先生の著書『LIFE SCIENCE 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』(日経BP)を読むと、「相関関係と因果関係」をとても意識していると思います。ほかに、高校生たちに向けたメッセージでこのような考え方が大事だよ、というものはありますか?
(吉森先生)論理的かどうか。論理に飛躍はないか、すっぽかしていないか。5G配備は新型コロナウイルスを引き寄せるというデマがあったが、こういうことがロジカルでないと分かるかどうか、考えてほしい。
プロフィール【吉森保(よしもり・たもつ)】
生命科学者、専門は細胞生物学。医学博士。
2010年大阪大学大学院・生命機能研究科及び医学系研究科教授、2017年大阪大学栄誉教授。2018年大阪大学生命機能研究科長。
大阪大学理学部生物学科卒業後、同医学研究科中退。私大助手、ドイツ留学ののち、1996年から国立基礎生物学研究所助教授(大隅良典教授)。国立遺伝学研究所教授として独立後、大阪大学微生物病研究所教授を経て現職。
マラソン、トレイルランニング、靴磨き、焚き火、雲見物、世界の美術館探訪、ラバーダック収集など趣味多数。
(編集後記)インタビューは終始、笑いが絶えないものでした。ところで、「アヒル」の写真が多いことに疑問を持った人もいるのではないでしょうか?実は、「アヒル」(ラバーダック)は吉森先生のトレードマークになっています。きっかけは、自分のシャーレだと分かるようにアヒルの絵を使ったこと。吉森先生はご自身が発表するスライドにもこのトレードマークを使用しています。日本人の名前は外国人からは難しくてなかなか覚えてもらえませんが、吉森先生の場合は「あのアヒルのマークの人!」という形でコミュニケーション上も非常に役に立っているということです。このトレードマークの効果は大きく、吉森先生が科学雑誌『Journal of Cell Science』の編集委員に就任した際(2013年11月)は、特別仕様としてラバーダックの写真がその表紙に採用されました(その写真が一番上のものです)。
通常は科学雑誌らしい細胞の写真などが表紙に使われていますので、いかに吉森先生とこの「アヒル」が愛されているかが分かると思います。
吉森先生、ありがとうございました!
*Journal of Cell Science(Journal of Cell Science | The Company of Biologists)
*Journal of Cell Science 126巻21号(TRAPPIII is responsible for vesicular transport from early endosomes to Golgi, facilitating Atg9 cycling in autophagy | Journal of Cell Science | The Company of Biologists)